代表日記

なんのために頑張るの?

時折、創作意欲に駆られる瞬間があります。

決まって仕事が落ち着いて、時間がゆっくりと流れていて、静かに過ごしている瞬間です。

自分のために、この記事を書きます。

なんのために頑張れば良いのか

私がこの会社を立てる前にずっと抱えていた悩みです。

美容師になって、webの仕事もするようになって、人並み以上には成果を出せていました。

でも、ずっと空虚で、成果が上がるにつれて、私の精神は鬱っぽくなってしまいました。

成果は人に自慢するものではありません。

でも、間違いなく頑張ったんです。頑張った証なんです。

ついつい吐き出したくなりますが、喜び合える仲間がいません。

私の生活コストは成果に関係なく切り詰めていたので、正直、これ以上成果は必要ない。

でも社会に目を向けると、必要以上の成果をたくさん出している方が星の数ほどいます。

「彼らは一体なんのために頑張れているのだろう?」

私に足りないのは、紛れもなく“欲”でした。

貧乏育ちという言葉は両親のためにもあまり使わないようにしているのですが、

決して裕福な育ちではなく、お金が尽きる景色を見て育ったもので、

生活コストを上げることへの恐怖心は人一倍強く、

旅行やブランド品など、眩しいものからは目を背けていました。

“足るを知る”このことを常に胸に刻み込んでいました。

欲に溺れた人間が沈んでいく様を、短い社会人経験の中で幾度と見てきましたので、

欲に溺れてはいけないという気持ちが強かったのですが、

それでは未熟なのではないか?と思うようになりました。

欲を抑えているだけで、コントロールができていないのです。

お金は貯めるだけでは増やせません。

使い方を知ってこそ、増やせるものだと思います。

欲は上にも下にも強力な力を持っています。

簡単に溺れてしまいますが、時に欲は原動力となり、

人を“必要以上”へと強く突き動かします。

だから私はそんな“彼ら”の過ごし方を体感しにいくことにしました。

必要以上に成果を出している人がしてること

知らないなりに、なんだろう?とイメージすると

高級ホテルと高いお酒が思い浮かびました。

本当に全く興味がない世界で、自分が幼い頃から心を閉ざしてきた“贅沢”の世界だったので、

それは大変な大変な抵抗がありました。

両親はあんなに苦労していたのに、私一人がこんな贅沢なことをして良いのか。

葛藤はありましたが、腹を括りました。

高級ホテルといえば、

美容師という接客業を生業としている私からすると、

まず“リッツカールトン”でした。

接客をはじめとするホスピタリティを切り口にしたビジネス書がたくさん出ているので、買い漁っては読みふけり、

リッツカールトン大阪が日本初進出だと知りました。

大阪は私の生まれ故郷です。

ここしかないと思いました。

2021年11月某日

1泊20数万円のスイートルームに1人で泊まりました。

あいにく部屋の写真はほとんど撮っていなかったのですが、

必要以上に広い空間で、どこに座れば良いのか、

何をして過ごせば良いのかわからなくて、

3つくらいあった椅子に順番に座ってみて

理解しようと熱心だったのを覚えています。

ラウンジにもアクセスできたのですが、

ラウンジでの過ごし方もわからず、

食べ物、飲み物、たくさん並んでいましたが、

楽しみ方がわからなくて、精一杯取ったのがこれでした。

お水と、初めて食べるドラゴンフルーツです。

緊張でいっぱいで、食欲も湧かず、でもせっかく高いお金を払って経験しにきたんだからと、

気持ちを振り絞って選びました。

これをご覧になって、いかに私がつまらない男であったかが、お分かりいただけたことかと思います。

でも、運命は変わりました。

そんな甚だ恥を晒すようなラグジュアリーステイを皮切りに、確実に僕の心は動いていました。

「またここに来たい。来れるようになりたい。」

自然発生的に“欲”が湧き上がってきたのです。

この旗を見ると、今も勇気が湧いてきます。

「ここは僕の背中を押してくれる。大切な場所。」

そう思うようになりました。

翌々月と、その次の月(2022年2月)に、合計3回訪れました。

ラウンジだって、こんなに楽しめるようになりました。

ホテルの中のバーでは一杯15,000円もするお酒も飲んでみました。

正直、友人と笑いながら飲む安いハイボールの方が美味しいのですが、

僕は“ロマン”というものを知ることができました。

段々と私の心にも欲が込み上げてきて、

その欲を押さえつけずにコントロールするために、ホテルを好きになるか、心を閉ざすか、深く悩んだのを覚えています。

そこで、ホテルステイは大好きなものになりましたが、好きなまま、しばらく訪れるのを我慢することに決めました。

欲に溺れては本末転倒。

この欲を糧に、仕事に打ち込んで、また帰って来ればいい。欲のコントロールの第一歩でした。

本当に無駄。

高級ホテルも、高いお酒も、無駄です。効率的な選択でないことは間違いないでしょう。

ホテルは寝る場所。問題なく寝れれば良い。

お酒は酔うもの。問題なく酔えれば良い。

一杯500円のウイスキーも、一杯15,000円のウイスキーも、度数なんてほぼ一緒です。

心の底からそう信じていました。

でも、私の価値観は変わりました。

大事なのは度数とかスペックの話じゃなくて、そのもっと外にある付加価値、飾りなんです。

無駄を楽しめるって、人間の醍醐味かもしれない。

幼少期が豊かな環境でなく、サバイバルな毎日。今日という日を生きながらえる。そんな環境だったもので、

必要最低限。これを上回るものは無駄、贅沢品。だと思っていました。

野生の動物もきっとそうですよね。

捕らえた獲物を美味しく調理なんてしないでしょうし。

そういう生き方でした。

でもふと思ったんです。私が無駄だと思うことを世間は楽しんでいる。

Tシャツなんてすでに持っているのに、また買ってる。

一見無駄ですが、これこそ“悦”。

無駄と悦びは紙一重なんだと気づきました。

無駄を受け入れて、人生が好転した。

「無駄って最高じゃないか。」

「人生はこんなにも楽しいことがたくさんあったのか。」

おかしな話かもしれませんが、正しく青天の霹靂でした。

魂に雷が落ちるような、そんな衝撃、インパクトがありました。

心機一転、家具なんかも書い直すことに。

元々家具選びには信念(笑)があり、

最低レベルにこだわっていました。

椅子はカチカチのものを、布団はペラペラの敷布団を。

この環境に慣れていれば、どこにいても、どんな椅子でも集中して仕事に取り組めて、

どんなホテルに泊まっても気持ちよく眠れるからです。

それをガラッと反転。

フカフカのソファにフカフカのベッド(マットレス)を買いました。

私はついにこれまで心を閉ざしてきた“無駄”を取り入れるようになりました。

社長になりたい。

いつしかそう思えるようになりました。とはいえ、貧しい環境で育った私の幼い頃の夢は社長でした。とにかく、辛い現状を突き抜けるにはお金持ちに、社長にならないといけない!と思っていました。

確か中学生の頃、英語の授業で将来の夢を英語でスピーチする機会があったのですが、そこでも夢は“Rich man”でした。

夢を見て、現実を見た私は、またこの“夢”に戻ってくることができました。

もう大人ですから、いよいよ本当に目指す“夢”であり、“未来”です。

よし、もう会社にしてしまおう。と思いましたが、その頃私は残すところ一年の厄年でした。

なので、この一年、税理士さんをつけて法人に向けてお金をきっちり見てもらって、

勉強しながら、アドバイスを頂戴しながら、個人事業主として、確定申告は当然として、擬似決算みたいなことをしました。

厄年は2022年いっぱいまで。

社長になるのは2023年から。

じゃあ、2023年で一番最初の縁起が良い日にしようということで、

2023年1月6日に決めました。

来たる“社長になる日”

その日私は自分の人生が変わった、ここにいました。

1月5日から1月6日にかけて、一泊二日で、

ホテルはたまたま、あの時と全く同じ階、同じ部屋番号の、同じ部屋でした。

こうして振り返ると、またこの部屋に帰りたくなりますね。

個人事業主最後の日。

「明日、僕は社長になるんだ。」

不思議な気持ちで外を眺めながら、初めて訪れたあの日を思い返していたのを覚えています。

翌朝。

静かに部屋でコーヒーだけ飲みました。

ワクワクもありましたが、これから社会で戦っていくんだと、

戦の前の覚悟のような一杯でした。

いざ始まるとワクワクよりも現実が勝るものです。

この一杯の味、何も覚えてないや。。

きっとそれどころじゃなくて、気持ちを落ち着かせるために飲んだのでしょう。

そんなこんなで見つけた、頑張る原動力。

やっと必要以上を目指して、欲を糧に動けるようになりました。

会社は1期目から想像以上に成果を上げましたが、2期目は横ばいでしたが利益が大きく落ち、

数字のアップダウンに慣れていない私の精神には強すぎる負荷がかかり、

また辛い日々を過ごしていたのですが、長くなるので割愛します。気が向いたらゆっくり書こうかな。

3期目はV字回復。やっぱり、辛い思いをしてから這い上がると、嬉しさよりも感謝の気持ちが強くなります。

どれだけ感謝されるか

なんのために頑張っているんだっけ?

これは今でも頻繁に自問します。

毎日とは言いませんが、週に一回はしみじみと考え、思い浮かべています。浮かび上がるのはいつも、近くにいてくれる人の笑顔です。

綺麗事すぎて描くのが少し恥ずかしいのですが、最近、人の笑顔を見れるのがとても嬉しく思うようになりました。

役に立てている感じがして、自分が存在する意味を感じられます。

そして、こうやって成長していくことが、私にとっては何より嬉しく、楽しいことです。

旅行に行くたび、お土産をたくさん買って、このスーツケースにはみんなの笑顔が詰まってるんだと、

ワクワクしながら帰ります。

笑顔が見たい。それはすなわち感謝されているんだと思います。

どれだけ人の役に立てるか、笑顔にできるか、

私がいなければ味わうことのなかった体験を提供することができるか。

今日という1日を成功させることはできたかな?

今日は外に出てカフェで仕事をしただけなので、あまり成功とはいえないかもしれません。

でも、それしかなかったからこそ、いつもみたいに血眼になってパソコンを叩くのではなく、

静かに落ち着いて、思いふけりながら、創作意欲を満たすことができました。

自分のために書きましたが、この文章には私の経験と心がこもっています。

少しでも、人の心を動かすことができたら、今日という日は成功できるのかもしれません。

 

 

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